【ネタバレあり】映画『ディスクロージャーデイ』感想〜映像に散りばめられた「覚醒コード」〜

予定していた打ち合わせが急遽キャンセルになり、なんとなく気になっていた映画『ディスクロージャーデイ』を観るため、ふらっと映画館へ足を運びました。

これって「あるある」なのですが、こういう直感や「なんとなく」に従って動いた後って、不思議と何かが起きるんですよね。

案の定、見終わった時の率直な感想は「うわ、めっちゃすごい映画を観た」でした。

ここからは、かなりマニアックなスピリチュアル系の話をします。

※ネタバレを含みますので、これから観る予定の方はご注意ください!

※11月に福岡でグループセッションを開催します。興味のある方はこちらをクリック

目次

この映画が「刺さる人」と「刺さらない人」

いわゆる「普通の感覚」で生活している人には、少しピンとこない内容かもしれません。この映画は、霊能力やサイキック能力を「持て余している人」に深く刺さると思いました。

逆に、すでにその能力をじゃんじゃん使ってお役目を果たしていたり、仕事にしている人には「知っている情報すぎて」あまり刺さらないと思います。また、観る人によって受け取るポイントが全く異なるのもこの映画の面白いところです。

大まかに分けると、観客は以下の3パターンに分かれると思われます。

  1. 宇宙人なんていないと思っている人
  2. 情報開示(ディスクロージャー)を心待ちにしていた人
  3. 主人公(特に女性)に共感する人

1と2に該当する人にとっては、もしかしたら少し物足りない内容だったかもしれません。私は完全に3つ目の「主人公の女性に共感しまくる」タイプでした。(好きな女優さんが出演していたので、テンションも上がっていました)

リアルすぎるチャネリング描写と「覚醒コード」

主人公の女性は、突然手に入れたサイキック能力に激しく動揺します。高次の存在とコンタクトが取れるようになり、他人の過去や家族のこと、さらに未来のことまで視えるようになってしまうのです。

いわゆる「チャネラー」になっていくわけですが、その感覚表現がとにかくリアル。「これ、絶対に視える人が演技指導に入ってるよね」と思わずにはいられないほどで、映画から発せられる見えない信号に酔いしれながら鑑賞していました。

中盤になると気がつくのですが、実はこの映画、映像やセリフの端々に見えない信号=「覚醒コード」が仕込まれているんです。

外側からの「情報開示」を描いた映画に見せかけて、実は観る人自身の内側にある「情報開示のスイッチ」を入れる映画でもあります。

私に用意されていた覚醒コード:「教祖になりたくない!」

かなりぶっとんだ話をしますが、ついてこられる方だけついてきてください。

映画の中に仕込まれた覚醒コードは、人それぞれ違うものが用意されているのだと思います。私が受け取った自分専用の覚醒コードは、主人公の女性が他者からの期待を拒絶し、「教祖になりたくない!」と叫んだシーンでした。

これを聞いた瞬間、「あっ、めっちゃわかる!」と激しく共感すると同時に、自分の中にあった「教祖(特別な存在)になりたくない」という強い抵抗すらも、もう手放すタイミングなんだと気づかされました。(※誤解のないように言っておきますが、別に教祖になりたいわけではありません)

「知っている」という感覚とダウンロード

見えない世界と繋がって仕事をしているとよく分かるのですが、あちら側から情報が来る時って、ビジョンや声が降りてくるだけでなく、良い悪いを超越して「ただそこにある答えを知っている」という感覚が降りてきます。

見えない世界を疑っている人の多くは、この「知っている」感覚に気づかないふりをするのがすごく上手です。

私は2019年に宇宙の声が聴こえる覚醒体験をしたのですが、最後に言われたのが「必要な情報はその都度ダウンロードされる」という言葉でした。

この映画を「理性」や「思考」だけで観てしまうと、おそらくこのダウンロードされた覚醒コードには気づけないでしょう。

「欠乏の世界」から抜け出し、仲間と創造するフィールドへ

話を戻します。主人公が拒んだ「教祖」とは、言い換えれば「特別な人」のことです。見えない世界が手に取るように分かり、それを言語化・図式化して解説し、困っている人を救ってくれる存在。

教祖にまでなりたい人は少なくても、それに近いことをやりたい人は多いはずです。誰かに救いを求められて助ける側になれば、頼られるし、現代では大きなビジネスにもなります。

でも、それは「欠乏」をベースにした世界なんです。

そこにいる限り、永遠に欠乏の世界が続きます。「救う人」が存在するためには、常に「救われる人(欠乏している人)」を創造し続けなければならないからです。だからこそ、「教祖になりたくない」と言った主人公の気持ちには心の底から共鳴しました。

しかし、そのこだわりすら乗り越えた先に、別の道があるのではないか?

「教祖になりたくない!」というセリフは、眠っている自分の才能をこのままにしておくのか、それとも解凍して新しい道へ進むのかを問う、強烈な気づきのコードでした。(※もちろん、これを読んでいる皆さんにもスピリチュアルな才能はあります)

1+1が2になり、広がっていく世界

欠乏をベースにした世界ではなく、すでに「ある」ものや「愛」をベースにした世界は必ず存在します。そして、そこへ至る道は探すものではなく、主人公がそうしたように「共鳴して気づくもの」です。

教祖にならずにその道を歩むために必要不可欠なのが、「共鳴してくれる仲間」との出会いです。

主人公が自分の能力を受け入れることができたのも、同じ体験をしている「理解者」がもう一人いたからでした。一人だとただの「教祖」になってしまうけれど、二人になればそこに安心感が生まれ、循環が起き、新しい創造のタネが芽生えます。

0の宇宙から「1」として生まれ、それがもう一つの「1」と合わさることで「2」になる。そして2から3へ、どんどんフィールドが広がっていく。そんな無限の可能性を感じました。

万人に共通する「最後の覚醒コード」

そしてもう一つ。映画のラストシーンで主人公が言い放った言葉。

これはおそらく、この映画を観た全員に共通する「覚醒コード」だと勝手に推測しています。その言葉を聞いた瞬間、そこから伝わるエネルギーと流れに対して、私の魂(本質部分)が「もう覚悟して受け入れよう」と深く共鳴しました。

言葉で説明すると、このような感じになりますが、あとは実際にご自身の目で観て、心で感じてみてください。

最後まで読んでくださり、ありがとうございました。

お知らせ

毎週月曜の朝8時に、1週間の宇宙の流れをメルマガを配信しています。

ブログだけではお伝えしきれない深いメッセージもお届けしていますので、ぜひご登録ください。

▶︎ メルマガ登録はこちら

YouTubeメンバーシップにも、たくさんの方にご参加いただいています。こちらもぜひチェックしてくださいね。

▶メンバーシップ登録はこちら

目次